長岡是好日

2017.01.14

丁酉長岡


年が明けて平成は29年、西暦は2017年を迎えて早半月が過ぎようとしている。
年の変わり目、久しぶりの長い休みを前に片付けや来年に向けた準備など、いろいろと目論んでみたものの師走と呼ばれる年末年始、なかなか思った通りにはいかないものだ。
地道な努力と継続があって初めて一念発起という言葉が意味を成すのだと、三が日の終わりに考えた。

今年の正月は雪がなかった。2か月ほど前に準備した冬囲いに日差しが当たって2月や3月のようだ。
「雪が降らんでいいのう」と祖父は言うがその口調はどこか物足りなげ。
青白く薄暗い日差しと綿のように降る雪を見ないで冬を過すのもなんだか調子が狂ってしまう。
街場の暮らしには都合がいいかもしれないが、冬に書き入れ時を迎える方にとっては正念場だろう。
去年のようないきなりのドカ雪で街が埋まるのもご遠慮願いたい。過ぎたるは猶及ばざるが如し。である。

筆者は盆と正月と冠婚葬祭が好きである。
語弊があるかもしれないが、どこで何をしていようと期日が来れば、事が起きれば(ほとんど)誰でも否応なく家や地元に舞い戻ってしまうところに言い知れぬエネルギーと魅力を感じるからだ。
各々がてんでばらばらに自由に生きているように見える現代でも、ある時だけは家やふるさとと地続きになる。
久しぶりに会う親戚や帰省した旧友と話していて嬉しくなったり安心したりするのは、日常で見失いがちな「つながり」を見つけるからだと思っている。

さて、今年の十二支は「酉」。
かこつけて年明けの晩は東京から帰省した友人と駅前のとある焼き鳥屋で一杯やった(小欄は下戸なのでお茶)。
気さくな主人が教えてくれる。
酉は「とり」と言っても空を飛んだり串に刺さって炉端に並んだりする鳥ではなく、これは当て字。
もともと十二支の漢字は1年のうちの植物の状態を表す漢字で、酉は果実が成熟の極限に達した状態を表すという。
努力の成果と運気を取り込んで、実りの多い年になりますように。
自分次第で選り取り見取り。

今年も長岡でお待ちしております。