長岡是好日

2017.10.07

今を生きる


長岡にUターンやIターンでやってきた人たちに話を聞く機会を多くいただく。
その多くの場面でよく聞かれるのは「必ずしも長岡や新潟にいる必要はない」という言葉だ。
私自身、市へのUIターンを応援する身であるものの「それは、おっしゃる通り」と言わざるを得ない。
私だって、長らく県外にいたのだし、誰がどこで生きようと咎められることでは本来ないと思うからだ。

つい最近のこと。
親しい友人の送別会があった。
仕事というか生き方というか“人生熱心”な彼は、先を見据えてかまだ見ぬ世界への挑戦か、いずれにしても新潟はおろか日本を飛び出して行く。
日ごろ「ふるさと」とか「地元こそ・・」と呟いている者にとっては、色々と考えさせられることである。
“残される者”になったような感覚を得たりもする。
簡単に言ってしまえば「行くなよ」と。
しかし海外に出てまでの挑戦となれば話はちょっと違うかなと、一瞬考えそうになるが、そんなことはない。
地元を離れて、市外・県外に行くも大きな違いはない。

新潟・長岡に生まれた後、立身出世して歴史に名を残す偉人達を私たちは山ほど知っている。
教科書でその名や出自を知ることも少なくない。もちろん故人に限らず、今日この日も全国や世界を股にかけて活躍されている方が大勢いる。
「可愛い子には旅をさせよ」という定番のことわざがいう「旅」は、今でいう旅行のことではなく危険も伴う険しい道のりのこと。挑んでこそ得るものがある。

つい最近話を聞いた彼女は、数年前に長岡に帰郷した。
「長岡に戻ってきてから何か変化はありましたか」の質問に、「特に。元々長岡生まれだし、外に出て自然と色々なものを吸収しながら成長した自分が長岡に帰ってきたというだけなんです」と笑顔で答えてくれた。

どこで何をしているかなんて、タイミングと言っていいかもしれない。
それでも、故郷や思いを同じくした人たちと親しむことは、明日を生きるのに大変な活力を与えてくれる。

今日は地元を離れている人も、いずれはぜひとも、故郷に錦を飾ってもらいたい。

遠くに行ってしまう彼を思いながら、私は長岡の今日を精一杯進もう。