長岡是好日

2016.10.20

回り道


リセッション、デプレッションというイヤな響きの言葉は、どうしても人を内向きにする。
だが、そういったときこそ、しゃにむに「がんばる」のではなく、自らと外部との関係を考え、「外向き」に思考し、行動することが重要だと思う。
新鮮な空気を吸うためには、外に出る必要がある。 
                   村上龍『無趣味のすすめ』より

今年も残すところ2カ月を切った。
年と年度に挟まれて、季節はあっという間に過ぎて行ってしまう。
「今年のあのころは」「去年の今頃は」と思うことも増える頃だろう。
長岡の朝はめっきり涼しくなって、先日は石油ストーブと半年ぶりの再会を果たした。
1年ぶりでないところがミソだ。

3年前の今頃、一丁前に何やら難しい顔をしながら東京の街を歩いていた小欄。
またまた悩みの種は「居場所」だった。ちょうど、地方への転勤も囁かれる時期。
見知らぬ土地を飛び回って見聞を広め生きる人生・・というものにもロマンを感じつつ、 そろそろ“良い加減”に地元に戻りたいな・・と、 悶々とする日々だった。どう生きたら自分の人生に納得できるか。
何をやったら納得できるか。きっかけがどうにもうまく見つけられなかった。

随分と大げさだったなと、嗤ってしまいそうになる。
が、それにしても自分がやりたいことと、それができる場所が異なることだってあるのだ。
色々な人に相談しては引き止められ、時には応援されて、結局、思い立って半年で地元長岡に舞い戻った。
後ろ髪を引かれる思いではあったが後悔はなかった(どっちなんだ)。

変化というのはなかなか骨が折れることで、殊に自分でそれを起こすとなると一層大変だ。
仕事や居住地、友人関係、週末のスケジュールから何から変更・対応なんて面倒だからしたくなく、それで悩むなんてことはできればご遠慮したい。

「安住(あんじゅう)」という言葉を辞書で引くと『何の心配もなく落ち着いて住むこと』とある。
そこにたどり着くまで如何ほど努力と苦労と調整と時間が必要だろうか。
考え方一つ変えるだけ、という場合もあり得るかもしれないが、日々あれこれ逡巡しながら奮闘されているご同輩がほとんどだろう。

選択の日々だ。
損得承知の上、決断していかなくてはならない。
冷静さや慎重さも欠かせないが、足踏み状態で得られるものは多くない。
ただし、急がば回れ。急いで行きたいその場所を見定めておきたい。
ただし、時間をかけ過ぎてもいけない。
悩みや迷い、心配事のその種は大抵自分一人だけで持っているものではないからだ。

さて、来年の抱負を拵(こし)えるのも早いに越したことはない。
いやいや、急がば回れ。ただし、進もう。