仕事を通じて山古志へ 地域を思い「残る」決断 佐々木康彦(ささき やすひこ)さん

U・Iターンのきっかけは何ですか

大学院で学びながら東南アジア地域の住環境整備に携わり、卒業後はタイでNGOに就職しました。
その後、日本に戻り、東京で都市計画のコンサル会社に就職。
その会社での仕事で復興途中の山古志の地を踏むことになりました。
現地の駐在職員として入社日から山古志へ。
復興や集落の再生計画、新たな住宅の配置や道路等に関して地域と話し合ったり、
ハード・ソフト面でお手伝いさせてもらいました。
仕事としては2年ほどで目途が付いたのですが、
せっかく取り組んだ日々や地域の人たちのことを思ったときに、ある決断をしました。
このまま残ろうと。
会社も前向きに捉えてくれ、退社を決めました。

U・Iターン前の不安、躊躇などはありましたか

中越地震が発生したときはタイにいたので、インターネットやテレビを通してしか、本当の意味で“実際”が分からないということ、
静岡出身ですし、もちろん山古志に一人で来て方言も分からない。
仕事も手探りでしたから。不安はありました。
一番は自分自身が当事者意識をどれだけ持てるかどうか。

実際にU・Iターンしてどうですか(生活面、地域について、長岡について)

それまでとは違い、コンサルタントとクライアントのような関係ではなく、地域に共に住む者としての立場になったということ。
それまではどんな風に暮らしているのかさえ知らないで、冬場なんて一緒に雪堀りしながら、
地震の前の暮らしを教えてもらったりして、少しずつ、知っていきました。
静岡という地元を持ちながら、山古志に残る決断をした自分。
不思議に思うこともあります。
地震がなかったら、出会わない人たちやこの土地のことを。
人口は地震発生前の半分。10年進んだものを取り戻せるのか。
次の1000年に向けた動きを「復興」の名の下にやっている気がしている。
地震で壊れた道が直ることを復興というのは違うと思う。
まだ過程。自分の出番もたくさんある。
地域の人が地域で暮らしを創っていく。
その一員でありたいと思います。

プロフィール

昭和54年3月生まれ。静岡県富士市出身。
大学進学で東京へ。
タイでNGOに就職、帰国後東京の会社に就職。
2005年から仕事で山古志村へ。
2007年に東京の会社を退社。

【インタビュー日:2015年3月17日】