長岡是好日

2019.05.17

新時代に



つい先日はまるで正月のような雰囲気だった。

平成という時代の終わりと令和という新しい時代の幕開け。
テレビでは連日の特集とカウントダウン、買い物に行けば記念セールという具合で、春の大型連休を前に日本中が盛り上がった。
小欄とて例外ではなく世間様が「最後」の日と賑やかなので、何をするべきかと考えてみたりした。

もうすぐ4月30日から5月1日に日付が変わるとき、ふと思い立って家を出、車に乗り込んだ。
しばらく走れば、もうすぐ田植え時期を迎える我が家の田んぼがある。
「いよいよ令和へ」とラジオではカウントダウンが始まっていた。
農道に車をとめてエンジンを切り、スマホも車内に放って外に出た。
静寂、ではなくカエルの大合唱。
あいにくの空模様だったが時折雲間から星が覗いていて、土と草木の匂い、越後平野を抜ける風が心地よかった。



「○○さんて平成生まれなんだ。若いねー」と、新しく若いものの象徴のようだった平成も31年。
小欄は昭和生まれだけれど、子ども時代も学生時代も社会人時代も、東京で思い悩んだ日々もすべてが平成の中で、それが終わるとなると感慨深いなと思った。
あ、と車に戻ってスマホを見ると既に0時4分。あっけなく新時代が幕を開けてしまったので、今一度スマホを車内に放って田園を眺めた。

翌朝1日は「おはよう」の次がなんだか難しく、正月であれば「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」と言えば済むのだけれど、
今回のように祝賀ムードで元号が変わった時にはどうしたら良いものかと。
家族や友人にはとりあえず「この時代もどうぞよろしく」と言うことにして、連休中は例年通り、田植えに遠出に勤しむことにした。

新しい時代が始まって早半月が経つが、当然生活に変化はない。
人から言われなければ気が付かないほどに、毎日は勝手気ままに過ぎていく。
振り返ってみれば平成の時代も色濃く感じられるように、これからの時代をどう生きて積み上げていくかが大切なのだろうと、三が日の終わりに焦るような、そんな気持ちにもなる。
Uターン6年目の今年、人生の抱負について考えてみることにした。

日々は続いていく。