長岡是好日

2018.03.30

祝いの席にて


義理の甥っ子くんが、もうすぐ2歳を迎えるということで祝いの席にお邪魔した。
何でも興味を持つ年の頃、聞くに最近は花火がお気に入りだという。
スマートフォンで花火を打ち上げるアプリがあったのでインストールして彼の前に見せると夢中になって画面を“タップ”している。
彼の指が画面に触れる度、ヒュルルルー、、ドーン!と花火が打ち上がった。
結構良くできている。
実際彼とも一緒に、昨年の長岡花火を見に行ったのだけれど、
当の本人は初めて見る花火にしきりに「こわいこわい」と泣き出してしまい、最後は疲れて眠ってしまっていたのだが。
彼の目に、長岡の花火はどう映っているのか、とても興味深い。

家族でのお祝いに、彼の曽祖父と曾祖母、私にとっては義理のおじいちゃんとおばあちゃんもご一緒。
お二人そろってもうすぐ90歳を迎えるが、ともに矍鑠(かくしゃく)としていて本当に頼もしい限り。
甥っ子を見つめる眼差しがなんとも言えない。

お二人には、これまで長岡の昔についてたくさん聞かせていただいた。
特に戦中・戦後の話は、当時を直に体験した貴重な経験談として、いつも真剣に聞かせていただいている。
疎開のお話や、学校での訓練、そしてあの空襲の晩のことやその惨状、その後の華々しい復興のお話、花火のお話・・。
もしかしたらわざわざ語る必要もないと思っておられるかもしれない。本当にありがたいことだ。

若い命とその成長を祝う席。
2歳の甥っ子くんは、なぜか花火に夢中。
それを愛おしく見つめるのは、年の差80数歳の大先輩である。
激動の長岡を生きてこられたお二人と、巧みな指さばきでスマホ花火を打ち上げる彼との対比が、
なんだか思うことあるようでないような、なんとも言えない、ただ今が確かに幸せであること、ありがたいことだと静かに強く思った。