長岡是好日

2019.09.30

Uターン歳時記

 

帰省して5年目。年々、日々はあっという間に過ぎるようになり、今年も気づけば秋を迎えている。久しぶりに登山に行こうとか海に行こうとか、やりたいことはたくさんあったのだけれど、長岡花火に祖父の葬式、お盆と親戚行脚と、夏というのは実に予定が多く立ち上がる時期で、今回もまた取りこぼしが多い。夏休みはーやっぱりー短いー♪

それは良しとして。近頃の休日は稲刈りの手伝いに精を出している。虫の音もすっかり秋のものになったが残暑厳しく、黙々と作業を進める親父をはじめ、近所のじいちゃん達には頭が下がる。無論最年少の私だが「大丈夫らか、あんにゃ」と声を掛けられ、全く面目ない。

これも良しとして。畔(あぜ)に腰を下ろして一息つく。田舎の広い空、清々しい空気、土、横から聞こえてくる”ネイティブ達”の方言が心地良い。つくづくUターンしてきて正解だったと思う。しばしボーっとして、過去を振り返ってみた。

10年前は大学時代。春先に就活を終え、残りの学生生活を謳歌しようという時。そんな時に、地元には帰らない道を選んだ自分に対し「それで良いのか」と、この期に及んで問うていた。それほどに、都会と田舎のどちらにも捨てがたい魅力があった。

6年前は今頃は、仕事も一通り身について、さあバリバリ働くぞという時。仲の良い同期や大学時代からの友人と過ごす時間はこの上なく楽しかった。しかし同時に、帰郷の念は強まるばかり。ひそかに進めていた転職活動は思ったようにいかず、焦燥感に駆られていた。

意識を今に戻して深呼吸してみる。じいちゃんたちと親父の笑顔に泥をまとった長靴、稲わらのにおいをかいで安堵する。実りの秋だ。

「八十八」回もの手間がかかる、という意味でコメを「米」と書くと聞く。 人生節目の収穫にも、多くの手間や時間がかかるのだろう。